くりこま高原被災・復興情報の最近のブログ記事

日本エコツーリズムセンターの「震災復興応援エコツアー」 http://www.ecotourism-center.jp/news/news081008.html に参加して、今回の「宮城岩手地震」被災地の栗駒山山麓地域とくりこま高原自然学校を訪ねました。 耕英地区はクルマでの行き来はできるようになったものの、まだ避難指示が解除されず、滞在時間制限があり、夜を過ごすこともまだできません。 もうすぐ、雪の季節がきます。 地震の爪痕はことのほか大きく、被災された方々の復興、自然学校の復興にもかなりのパワーが必要です。 今後とも引き続き、なんらかの支援をしていきたいと思います。 みなさんも関心を寄せてください。


私のとった写真をここにアップしています。

10月8日(水)~9日(木)の1泊2日です。

被災した耕英地区の菅原耕一さんとの交流や語らいを軸にしたエコツアーです。
復興のための新しいアイディアも出し合えればと思います。
【日時】10月8日(水)~9日(木)1泊2日
【場所】宮城県栗原市
【集合】東北新幹線くりこま高原駅10時45分集合
【定員】15名 (小学生以上)
【費用】12,000円(新幹線交通費別、1泊3食、温泉入浴料、懇親会費別)
【お申込み】下記電話、ファックスでお名前、メールアドレス、住所、ご連絡先電話番号を日本エコツーリズムセンター事務局にお知らせください。
【お問い合わせ】日本エコツーリズムセンター
TEL:03-3954-2239 Fax:03-3954-2203 
★★震災エコツアー第2弾「くりこま復興支援ツアー」★★
震災エコツアー第2弾「くりこま復興支援ツアー」を実施します!


8月23日(土)~24日(日)の1泊2日です。

くりこま高原自然学校の佐々木さんの案内と被災した耕英地区の菅原耕一さんとの交流や語らいを軸にしたエコツアーです。復興のための新しいアイディアも出し合えればと思います。

【日時】8月23日(土)~24日(日)1泊2日

【場所】宮城県栗原市

【集合】東北新幹線くりこま高原駅10時45分集合

【定員】15名 2時間程度の徒歩が出来る方(小学生以上)

【費用】12,000円(新幹線交通費別、宿泊費無料、食材費込み、懇親会費別)

【お申込み】下記電話、ファックスでお名前、メールアドレス、住所、ご連絡先電話番号を日本エコツーリズムセンター事務局にお知らせください。

【お問い合わせ】日本エコツーリズムセンター
TEL:03-3954-2239 Fax:03-3954-2203

耕英地区への仮設道路開通 岩手・宮城地震、被災の栗原

 岩手・宮城内陸地震による土砂崩れで通行止めになっていた宮城県栗原市の市道に仮設道路が完成し、3日から通行許可を得た自家用車の通行が可能になった。国道457号から耕英地区に通じる市道は、地震後、工事関係の車両しか通れず、耕英地区の住民は一時帰宅の際もヘリコプターを使うしかなかった。

 この日は、仮設道路を使って耕英地区の79人がマイカーを取りに帰宅。「自分たちの巣である耕英に帰るための第一歩」と開通を喜んだ鈴木共明さん(84)は、ヘリでこれまで4回家に戻ったが、家にいられるのは2時間程度だったという。

皆様

 広瀬 敏通 :発


東北地方梅雨明け翌日の20,21日の連休に「震災エコツアー」が実施されました。

名称が分かりづらいという指摘で、「復興支援エコツアー」という

名称もくっついての実施でした。

災害地という非常時、被災者の辛さを除き見る不謹慎な観光!

という批判を覚悟の実施、皆さんはどうお考えになるでしょうか。

参加者16名中、新聞記者2名、教員2名、野外教育・環境教育関係者3名

親子1組その他など、さまざまな顔ぶれでした。

参加者から、「本当に被災地に入って迷惑じゃないのか?」という

疑問も出ましたが、2日間を通して多くの地元の方々と交流し、

現地もつぶさに見て、『私たちと同じように出来るだけ多くの人に

この土地に来てほしい、見て、考えてほしい』という感想に変わりました。


被災地は日常が破壊され、胸の塞がるような状況があり、それでも

希望を生み出して立ち上がる人の姿があります。その人たちを支えるのは

行政の復興事業だけではありません。それ以上に全国の人々の友情と

支援のアクション、励ましが支えとなります。

日本では被災した土地はその後、風評被害という2重の責め苦によって、

地域の産業や観光が長期低落を強いられます。

世界でもまれな災害多発国である日本に住みながら、隣の出来事として

他人事にしてしまうわが国の国民性は、近年とみに想像力を失った

社会になってきました。それが災害地や生活弱者を追い詰めています。


「震災エコツアー(復興支援エコツアー)」は、従来、ボランティア

として覚悟を固めて行くしかなかった被災地に、より敷居を低くして

訪問することが出来る方法として始めました。

参加者には、日本人として被災地の現場から学び、気づく多くの実りが

あり、被災地にも訪問者があることで多くのメリットや支援につながります。

なにより、被災した方々との顔と顔の語らいや案内を通して、

お客以上、親友未満の関係を作り上げることも、ねらいの一つです。

今回は、佐々木さんや自然学校のスタッフの皆さん以外に、

文字地区(耕英の直下)の郵便局長さんがマイクロを運転しながら

詳細に地区を顔パスで案内してくれました。

復興の会会長の大場さんも夜、顔を出してくれ、住民の現況について話してくれまし

た。荒砥沢ダムの主、『さくらの湯』主人の大場さんは、ダムの崩壊を肉眼で見た

唯一の人でしたが、そのときの様子をありありと語ってくれました。

神戸の住人で阪神以来欠かさずボランティアをしている『ひまわりおじさん』の

荒井さんは、今回は『お茶碗プロジェクト』を組んで、耕英、花山の被災者に

まさに仮設に移るタイミングで、全国から寄せられた6〜7百箱の食器を

配り、驚くほどの流れで、食器の大きな山が消えていきました。この荒井さんの

ボランティアとしての生き方を深夜まで聞かせてもらい、みんな胸を強く

打たれたようです。今回の参加費は実費を半分に抑え、残りは支援金としました。


被災地訪問のツアーは中越や能登、福岡の震災でも組まれましたが、

今回はまだ、ボランティアの活動段階でのツアーで、被災者自身との

交流に時間を割いたツアーでした。これからの国内の災害復興支援の

スタイルの一つとして、大きく参考になると思います。


次回は8月30〜31日の土日です。

現在、立ち入りが出来ない耕英地区には入れるか否かは分かりませんが、

入れればおそらくボランティア作業も体験することになるでしょう。


耕英地区住民が入っている伝創館は21日に全員が仮設住宅などに疎開し、

避難所の閉鎖が行われました。これまでは一箇所に身を寄せて避難してきた

住民ですが、これから仮設で個々の生活に変わります。この仮設も

2年間という期限付きです。

先の見えない疎開暮らしで仮設入居は孤立の危険も過去、多くの事例が

あり、けっして、避難生活の進展とは言い切れません。

今後、私たちの創意工夫を活かした支援をつくる必要があります。

くりこま耕英の皆さんのためにではなく、明日の私たち自身のためにです。


*******************************************

広瀬 敏通


 岩手・宮城内陸地震で、宮城県栗原市栗駒の耕英地区住民が避難していたみちのく伝創館(同市栗駒)が21日、住民がすべて仮設住宅などに移ったことから避難所としての役割を終えた。40日近くの間、住民の生活を支え、住民自身が復興の手だてを日々考える拠点になっていた。今後も住民は週1回集まって意見交換し、つながりを保つことを約束し合った。

 最後まで残った2世帯4人が近くの旅館にいったん移り、近く仮設住宅に入居する。住民ら十数人が感謝を込めて館内を清掃した。避難住民の女性(55)は「本当に世話になった。せめて最後にはきれいにして返したい」と話し、せっせと掃き掃除に励んだ。

 県内外から多数寄せられた激励のメッセージなどは館内でしばらく掲示を続け、その後住民で保管する。耕英地区の行政区長金沢大樹さん(65)は「復興を応援してくれた証しとして、耕英地区の施設に長く展示したい」と話している。

 週1回の集会は、住民が情報交換したり、行政が復興状況を説明したりするほか、住民が要望を伝える機会にする。金沢さんは「情報交換を密にしたい。みんなと顔を合わせ、元気かどうかを確認もしたい」と話す。

 イワナやイチゴなど地区に残した農水産物をふもとに移し、販売に結びつける計画などの話し合いは、支援者を交えほぼ毎日館内で行った。今後は住民主体の新組織「くりこま耕英震災復興の会」の中で進められる。

 同館には地震発生の6月14日、栗駒山で救助された観光客らも合わせて56人が避難。その後、耕英地区の住民中心に多い時期で30人前後が暮らしていた。栗原市内の他の避難所2カ所では、引き続き住民の生活が続く。
2008年07月22日火曜日
18日17時設立総会を開き、復興のための耕英地区民の組織が公式に発足いたします。
準備会を経て、開拓三世の若者を中心に公式ブログが発信を始めました。
ぜひここもチェックしてください。今後耕英地区の復興の活動の公式情報はここから発信されます。

耕英地区道路 年内に800メートルを建設

 地震で道路が寸断された宮城県栗原市栗駒の耕英地区に通じる市道馬場駒ノ湯線の優先的復旧を目指してきた県は11日、現在工事を急いでいる仮設道路とは別に、本設道路を建設し、年内の完成を目指すことを決めた。

 本設道路は被災前の道路の北側百数十メートルを通るルートで、長さ約800メートル、幅5メートル。周辺に複数ある土砂崩れの間を縫うように蛇行する。7月中旬にも発注手続きに入り、8月中旬着工を目指す。

 仮設道路は、被災前の道路の北側数十メートルの山林を切り開いて工事中で、長さ420メートル、幅4メートル。完成は7月下旬の予定。完成後も一般車両の往来はできないが、昼間の安全が確認されれば耕英地区住民らの通行は可能で、これにより陸路での一時帰宅が可能になる。

 本設道路の計画は11日夜、栗駒の避難所で開かれた住民説明会でも公表された。復興に欠かせない要路に開通のめどが立ったことにより、耕英南のイワナ養殖業数又貞男さん(56)は「正月を耕英で過ごせるのはうれしい。少しずつ元の生活に戻れるめどが立ち、元気が出てきた」と声を弾ませた。
2008年07月12日土曜日

皆様


 広瀬 敏通 :発


 


6日の日曜日に、栗駒の伝創館避難所から戻っていらい、


私からしばらく日報を出していませんでしたが、耕英イチゴのジャムつくりが


急遽、今日行われました。


これは以前に一時帰宅した折に、イチゴ農家と自然学校スタッフとで


手に持てるだけのイチゴを収穫した際の分だけです。


一時帰宅は「収穫」などを目的にはできず、あくまで「手荷物」的に


持ち帰れた分ですから、量は限られています。


耕英地区の重要な特産物のそれも年に1回だけの収穫時期に


発生した地震のダメージをみんなで乗り越えようとする中で、


「収穫はダメ」というのは、酷い話だと思いますが、それはともかく、


一時帰宅の際に持ち帰った一部のイチゴは冷凍庫に保管してあり、


あとはジャム用のビンの到着待ちでした。


それがやっと届いたために、急遽、ジャムつくり~瓶詰め作業が


行われました。決定が急だったためにこの日に向けて準備されていた


ジャム作りボランティア志願の方には、大半参加できない状況で


申し訳ありませんでしたが、今後の復興に向けた諸活動にどうぞ、


参加していただければと思います。


 


佐々木さんは昨日から東京の環境教育関連の会合などに出てきており、


地震以来、心配していた友人、仲間たちといつもの飲み屋で語らい、


だいぶ、リフレッシュしたようです。


 


既報の通り、栗駒での『震災エコツアー』を20,21日の連休に


実施します。


災害大国日本の被災地でおこなう災害教育はとても重要な意味を


持っているにもかかわらず、現状はボランティアなどの仕組み以外で


被災地に入るのは困難な状況です。震災エコツアーは災害や、


被災地に関心を持つ一般の方々がじかに被災者と語り合い、


現場に触れることで学ぶエコツアーです。


◆    7月20日(日)~21日(祝)の1泊2日


・    集合解散:東北新幹線『くりこま高原』駅


20日10:45集合~21日15時解散


・    参加人数: 15名(小学生以上は参加可)


・    参加費用:12000円(交通費別、宿泊などは無料)


・    持ち物:着替え、洗面具持参


・    申し込み、お問い合わせは日本エコツーリズムセンター事務局、中垣まで


*************************************


 


さて、前回の日報で住民の皆さんによる耕英地区復興の協議会が生まれると


報じましたが、併せて、被災地からの情報の発信体制も整う体制が取れ、


宮城県内のNPOの皆さん方の協力で徐々に震災と地域に関する情報の


収集と発信が行われます。これまで、佐々木さん自身のブログ


http://blog.canpan.info/master_kkns と、私のこの日報などで


現地からの生情報をお送りしてきましたが、これからは


佐々木ブログにくりこま高原自然学校自体のブログ


http://blogs.yahoo.co.jp/kurikomans が加わり、


さらに、上記の地元NPOなどの協力で協議会発の情報ツールも


始まりますので、私の日報は必要時だけの発行にします。


これまで、一方的に各メーリングリストに掲載してきましたが、


多くの反響を寄せていただきました。また、ダブって受信されていた方も


多いと思います。


それについてはお詫びとともに、心からのお礼を申し上げます。


 


災害発生時には地元行政はもちろん、既存メディアでさえも


的確な情報が得られず、多くの混乱した状況が生み出されます。


災害時に限りませんが、情報の不足や不信、混乱は当事者(被災者)と


一般市民の双方に無用の攪乱をもたらすし、パニックの原因ともなります。


地震発生直後から、出来るだけ信憑性の高い情報を取りまとめ、発信し、


災害地の被災者の心をつなぎ、災害地と外部の市民をつなぐことは、


今後とも重要な、NGO,NPOの役割となるでしょう。


 


皆さんからこの日報を通して声が広がり、寄せていただいた


《くりこま高原自然学校支援基金》は7月8日現在で345万7510円集まりました。


わたし自身、大変驚いています。


義捐(ぎえん)という言葉の真の意味で、皆さんがかなり『無理して頑張って』


基金に振り込んでいただいた様子が良く伝わり、頭が下がります。


この義捐金は、自然学校の復興とともに、耕英地区の復興活動にも


役立てていただけるように佐々木さんとも話し合いながら、


大事に使わせていただくようにします。


 


*******************************************


広瀬 敏通


 岩手・宮城内陸地震で避難生活が続く宮城県栗原市耕英地区の住民が、41世帯約100人全員の帰宅と復興を目指し、結束を強めている。

 自主組織を作り、来春のイチゴ栽培の再開を準備、道路復旧後のボランティアの協力も取り付けた。

 中心メンバーは、父親世代が開拓した土地を引き継ぐ「2世」ら中年たちだ。

 斎藤謙一さん(55)は、イチゴの復活にかける。夏は通常、来年用の苗の植え付けの作業期。農協を通じて、県の農業試験場などに植え付けを依頼した。「来夏までに戻る」。斎藤さんの言葉に力がこもる。

 耕英は、父直次郎さん(80歳で死去)ら満州(中国東北部)の引き揚げ者や、復員した農家の二男坊らが、地震で壊滅した「駒の湯温泉」を拠点に、ブナの森を伐採してつくった土地。一説に耕英は、「耕す英雄」の意。炭で生計を立てる時期もあったが、「いずれ食っていけなくなる」と鈴木共明さん(84)らが始めたのが、ナメコや高冷地に適した“初夏摘みイチゴ”の栽培だった。

 開拓者の背中を見て育ったからこそ、2世の斎藤さんや大場浩徳さん(47)らは、地震後も耕英に踏みとどまろうとした。2人は今、有志による「くりこま耕英被災復興の会」のメンバーとして、復興に向けた要望を行政側に訴える。引きこもりの若者らの寄宿舎「くりこま高原自然学校」校長、佐々木豊志さん(51)も中心メンバー。2世ではないが、阪神大震災のボランティア経験を持つ同世代で、静岡のNPOなど約10団体と協力関係を作った。大場さんは「今度は自分たちが耕英を作る」と張り切る。

(2008年7月9日15時00分  読売新聞)

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうちくりこま高原被災・復興情報カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリはworkshopです。

次のカテゴリは他団体情報です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

くりこま高原被災・復興情報: 月別アーカイブ

Powered by Movable Type 4.01