2008年06月 アーカイブ

2008年06月30日

くりこま高原自然学校被災情報? 080630

イチゴ救出作戦Xディーは7月5日(土)

イチゴ摘みと搬出作業に力をお貸し下さい。お願いします。

【地域たすけあいセンター】(避難所にあるボランティアセンター)
:0228?45?6092
FAX:0228?45?2116
?e-mail:ganbarekurikomakouei@yahoo.co.jp
励ましメール・FAXをお寄せ下さい。避難所に掲示します。

【くりこま耕英復興プロジェクト】 耕英地区の義援金受付口座を開設してあります。耕英地区に支援してください。耕英地区振興協議会と言う地区振興組織があります。イワナ・イチゴ農家はもちろん耕英地区全戸が会員です
【口座】ゆうちょ銀行記号 18130 番号 9701021
耕英地区振興協議会復興基金

ATMは無料のようですが、現金払いでの窓口手数料は、3万円未満で525円 3万円以上で735円かかるようです。お願いします。

≪くりこま高原自然学校WEBぺージ≫
http://kurikomans.com
自然学校の被災状況や今の動き、物品提供のお願いなど、最新情報を掲載しています。こちらも是非チェックしてください。

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皆様

 広瀬 敏通 :発


耕英イチゴを人海戦術で摘み取るXーdayを7月5日と

決定しました。この日と翌6日のジャムつくりにぜひ、

ボランティアをお願いします。


雨が降る前に27,28の2日間に渡って一時帰宅をし、

耕英イチゴの状態をしっかり見た結果、すでにイチゴは

熟し始めており、早急に摘み取らねば今年の収穫は出来なくなる

ということが分かりました。

28日には一時帰宅という形ではありましたが、イチゴ農家に自然学校が

協力する形で300kgのイチゴが収穫でき、

さっそくヘタ取りをして冷蔵してあります。

いちごのままで出荷するには熟す寸前で摘むらしいのですが、

すでに熟し始めているイチゴはジャムがもっともいいだろうと

いうことになりました。

ジャムは砂糖50%にして防腐剤無添加にします。

一瓶200gで約1000個作る予定で、うち、700個程度を

一般に市販する予定です。

すでに各所から協力の申し出があり、いくつかに分散して

販売と耕英地区写真展などをしていこうと思います。


この作戦には陸路を車〜徒歩〜車のピストンで栗原市内と耕英地区を

つながなければなりません。5日時点で普及できていない崩壊箇所が

一箇所1kmほどあります。

ここを背負子などを担いでイチゴ運びをするボランティアを求めています。

収穫したイチゴは避難所でヘタ取り作業をして、翌6日にジャムつくりをしますが、

これもかなりの人手が必要で、できれば5〜6日の参加をしていただけると

助かります。


ボランティアの申し込みは以下のボラセン宛に、くりこま高原自然学校関係者か、

私、広瀬 敏通の関係者といってご連絡ください。

【イチゴ救出作戦Xディーは7月5日(土)】

イチゴ摘みと搬出作業に力をお貸し下さい。お願いします。


【地域たすけあいセンター】(避難所にあるボランティアセンター)

:0228−45−6092

FAX:0228−45−2116

?e-mail:ganbarekurikomakouei@yahoo.co.jp

励ましメール・FAXをお寄せ下さい。避難所に掲示します。


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広瀬 敏通

2008年06月29日

転載:朝日新聞「被災のイチゴ、ジャムに 一時帰宅で搬出 宮城・栗原」

「被災のイチゴ、ジャムに 一時帰宅で搬出 宮城・栗原」

 岩手・宮城内陸地震で避難している宮城県栗原市栗駒耕英の住民ら99人が28日、一時帰宅に際してイチゴを収穫し、陸上自衛隊のヘリで運び出した。今後、ジャムにして販売する予定だ。

 この日は7戸のイチゴ農家が約300キロを搬出した。本来なら6月中旬に出荷する予定だったイチゴは、真っ赤に熟れていた。住民らはお礼として、約70キロを災害対策本部や自衛隊に贈った。

 大場浩徳・耕英地区振興協議会長は「家を見るとへこむが、畑を見ると作物は頑張っている。イチゴをジャムにして、頑張る気持ちを持ち続けたい」と話した。

2008年6月29日10時6分

転載:日刊スポーツ「被災地の熟れすぎたイチゴをジャムに」


 岩手・宮城内陸地震で、住民の避難が続く宮城県栗原市耕英地区のイチゴ農家が29日、摘み取ったイチゴ約300キロをジャムにする作業をボランティアらと始めた。

 イチゴは28日の一時帰宅で収穫。出荷の時期を逃して熟れすぎたものが対象で、この日の作業はへた取り。地元住民や行政関係者らでつくる「地域たすけあいセンター」の佐々木豊志さん(51)がブログで参加者を募り、県内外から約20人が集まった。今後は砂糖を入れて煮込み、瓶に詰める。

 佐々木さんによると、約500個のジャムができるといい、うち約300個は耕英地区に義援金を送ってくれた人らにお礼として送る。残った分や今後のイチゴ収穫でできたジャムは販売する予定という。

 作業に加わった栃木県さくら市の君嶋福芳さん(49)は、1998年に同県那須町などが被災した水害を機に、災害時のボランティア活動を続けている。「被災地の復興に向け、長い目でかかわっていきたい」と語った。

 [2008年6月29日19時48分]

くりこま高原自然学校被災情報? 080628

【耕英復興プロジェクト】 耕英地区の義援金受付口座を開設してあります。耕英地区に支援してください。耕英地区振興協議会と言う地区振興組織があります。イワナ・イチゴ農家はもちろん耕英地区全戸が会員です

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記号 18130 番号 9701021
耕英地区振興協議会復興基金

振込料はATM は無料ですが窓口では140円かかるようです。
お願いします。

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皆様

 広瀬 敏通 :発


昨日に続いて今日も耕英地区に大型ヘリが

被災住民を乗せて飛びました。

昨日は41人という限定でしたが今日は98人の枠を言われていましたが、

全住民が100人なので市内各地に散らばっている全員は揃えられず、

結局住民以外の関係者(ボランティア)などを入れて99名がヘリに乗りました。

自然学校は12名が乗り、イチゴ農家の手伝いに入って

なんと300kgを収穫して背負子で持ち帰りました。

今がちょうど旬ということで、市場などで新鮮イチゴで出すには

時期がすでに遅すぎ、無理だという結論が出ました。

残念です。出荷するには熟れる手前の段階で収穫するのだとか。

今日の分もとりあえず、野菜農家の協力で冷蔵庫にいれ、

ジャムに加工します。


明日は天候が悪く、ヘリは飛びませんが、市の対応は明日以降も

ヘリによる一時帰宅は出来ませんが、それ以降の帰宅措置が

可能か否かが見えていません。

したがってイチゴ収穫作戦はリスクを減らして、ヘリに頼らず、

徒歩によるいちご救出?を考えています。

市内から車でダム近くの崩壊地前の車止めまで行き、そこから徒歩で

安全なルートをとって耕英地区に入り、集落入り口で車を使って

耕作地に行くという計画です。

その日程ですが、イチゴプロジェクトチームでは、今日、

7月4〜6日のあいだに実施するという方向で話し合われました。

これはイチゴの状況から割り出した日程です。したがって、市などの

合意ではないので流動的なため、可能な方は日程を予定に

入れていただければと思います。人手は最低でも50人以上は必要です。

正式決定はあらためてご連絡します。


新潟の高野孝子さん(エコプラス)からメールをもらいました。

新潟では山古志などの牛1200頭をヘリで降ろしたということです。

栗駒耕英では住民でさえ、昨日まで2週間近く帰宅させてもらえませんでした。

既報したように、市内での被災がほとんど無かったことからボラセンの設置もしない

という決定を被災2日後にはすばやく行い、激甚災害指定の申請も早めに

取り下げています。これらの姿勢には当事者意識の欠如が如実に見られ、

行政の対応の違いのあまりの落差に愕然とする思いです。


不明者10名を残したまま、明日からまとまった雨が降る被災地ですが、

雨の前に一時帰宅できたことは被災住民の気持ちにだいぶいい影響を

与えたようです。

まだ、家屋の片づけすら手付かずの耕英ですが、開拓魂で乗り越えるでしょう。

住民代表役の大場さんは、『耕英は打たれ強いんですよ。開拓なので米作農家と違

い、

毎年のようにさまざまな種を試し続け、失敗の連続で生きてきたから、

どんな事態でも次を考える癖がついてるんです』と語りました。

この心意気を私たちも学びたいと思いました。

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広瀬 敏通

2008年06月27日

くりこま高原自然学校被災情報? 080627

皆様 

 広瀬 敏通 :発


今日は避難所生活で渇望してきた一時帰宅が実施されました。

耕英地区41所帯から40人ほどの枠で大型ヘリが稼動しました。

3時間という限られた時間でしたが、真っ赤に熟れたイチゴを持ち帰ったり

心配していたイワナ生簀の湧水が無事だったことなど、

避難所は終日、明るい話題で持ちきりだったようです。

とりあえず、良かった!

でも、これが避難所の鬱屈を慰撫するだけの住民イベントになること

の無いように、孤立した地区との継続的な接続になり、

苦労と工夫にあふれていても自分の力で働ける日常への接続に

なるように気を抜かずにいけることを願っています。


帰ってきてすぐに避難所には、明日も帰宅がOKという報せが入りました。

次には98名の枠が有るという話です。

耕英地区は41件、約100人の開拓の集落です。

ほぼ全員が帰れるということですが、無理な方もいるので

自然学校では4名の枠をもらいました。

さてそこで、せっかくだから熟れた旬のイチゴを持ち帰ろう

ということになりました。

明日持ち帰るイチゴの用途は何もまだ考えていないのですが

せっかくの被災地での生き延びたイチゴなので、なるべく多くの

方々に届けられればいいなと思います。


肝心の本格的なイチゴプロジェクトのXデーはまだ見えていませんが

私の元に多くの方々から、『いつなのか教えて!』という問いが来ています。

現状は現地作業許可?直前まで知らせてもらえない流れですが、

昨日今日の帰宅を見れば、耕英地区現地ではむしろ問題は無く、

作業の場合の歩き道となる途中のルートつくりが課題となっています。

しかし、歩きルートは山の中で危ない箇所は迂回できますから、

その気で準備すれば十分可能です。行政が現状と将来の生業への

十分な理解をしてもらえるよう、強く望みます。


現在、被災地への支援は『金・人(ボランティア)・プロジェクト』の

3つの方法があります。

《金》は『くりこま高原支援基金』(以下)もあるし、

取り扱い金融機関⇒「ゆうちょ銀行」

●口座名「くりこま高原自然学校支援基金」

●口座番号  00870−0−134900


耕英地区で開設している

【口座】ゆうちょ銀行記号 18130 番号 9701021

耕英地区振興協議会復興基金

もあります。


《人》は、ボランティアのことですが、

現在、耕英地区住民の避難している『みちのく伝創館』に設置された

ボラセン(地域たすけあいセンター)にはボランティアが少なく、

常時、10名ほどが不足しています。

さらにXデーは数日間必要と思われ、人海戦術なので

数十人/日ほどが必要と思われます。

これらの申し込みは、市の社協との申し合わせのために、

自然学校関係者というかたちで申し込みを受付しています。


最後は《プロジェクト》関連の支援です。

さまざまな創意あふれる支援の方法を考えてください。

日本エコツーリズムセンターでは、自然学校の佐々木さんらと

話し合って、『震災エコツアー』を企画しています。

多くの人が現地の魅力と被災の姿に触れて、自然災害と人の営み

を我が身に置き換えられるような想像力を養う体験に出来るよう、

考えています。実施はおそらく7月下旬からになるでしょう。

被災地耕英との長期戦となる復興への道のりをともに歩むアイディアを

考えてください。


じつは近代から現代までの大きな自然災害を蒙った地は、そのご、

メディアなどの関心があるあいだはそこそこ話題にもなりますが、

時間がたつにつれ、ドンドン墜ちていきます。

特産品も観光も被災前の水準に戻りません。

阪神も中越も例外ではありません。

耕英も5年後、10年後を見て、今動くことが必要です。

厳しい言い方かもしれませんが、躊躇は大きな後悔になるはずです。

ぜひ皆さんも耕英に120%の応援をしてください。

それがちょうどの効果につながるでしょう。


最後の《プロジェクト》支援は私たちの知恵の働かせどころです。

同時に、「限界集落』とよばれるゆっくりとした被災に対しても

自分ごとに考えていくことが必要でしょう。

これは日本という社会の崩壊につながりかねない問題だからです。

今回の『岩手・宮城内陸地震』(ネーミングは何とかならないものか・・・)

は、地元の広域合併した栗原市内でさえ、被災地区は限定的で

感覚としては自分ごとに思えない見方が大勢だと感じました。

日本全体が想像力の欠如という病にかかっています。

貧困や被災を自分ごと置換できる感性を磨くために

各人が自分が出来る方法を常に考えるような社会にしていきたいと

思います。


がんばろう耕英!

がんばろうくりこま!

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広瀬 敏通

くりこま高原自然学校被災情報? 080627

くりこま高原自然学校被災情報? 080627


皆様

 広瀬 敏通 :発


昨夜、わたしが避難所を後にしたのちに

市から朗報が届きました。

今日、耕英地区41所帯41名の一時帰宅が3時間に限り

行われています。

このうち、2軒は周囲が危険なために家屋に入ることが出来ないと

いうことも合わせて通知がありました。

朗報と落胆とが入り混じる中、今、

耕英の皆さんが自分の開拓地に向かっています。


この一時帰宅が定期化し、イワナなどの適正な管理が

出来れば、被害をすくなくとどめられるだけでなく、

住民の心の傷もこれ以上、拡げないこともできます。

Xデーとしているイチゴ救出(収穫)行動日も具体的な日程が

つかめる可能性が出てきました。


昨日の市との話し合い、それ以前の話し合いなど、

市行政に、着実に耕英と自然学校の気持ちを伝えることが

大事だということです。

今後も佐々木さんと住民代表を軸に進めていきます。


がんばろう耕英!

がんばろうくりこま!


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広瀬 敏通

くりこま高原自然学校被災情報? 080627

くりこま高原自然学校被災情報? 080627


昨日の朝の耕英地区避難所のミーティング中に

自主避難所(耕英地区は強制避難所)の滝が原避難所の

避難勧告が解除されたという報せが入りました。

『とにかく一時帰宅したい!』という耕英地区の被災住民の気持ちに

火がついたように感じられました。

耕英に次ぐ被害を受けた花山地区の避難所でも

一時帰宅はすでに行われています。

耕英の方々は既報した通り、避難の必要を感じない状況でした。

備蓄の食糧も自給食材もあるし、広大な開拓地です。

余震の被害よけに地域の公民館的存在の大型施設に自主的に

拠点を設けていました。

震災2日後の夕に突如、『後40分で全員ヘリに乗るように』と

通告され、ほとんど何も持たずにきたままです。

生きた岩魚の養殖枡や家畜、畑、自宅さえもそのままです。

強制避難は住民の安全より、道路が寸断された孤島となった

地区への行政的な管理の都合で実施されたことは明らかな処置でした。


ミーティング後に佐々木さん、地区代表とともに市役所に出向き、

避難住民の窮状と一時帰宅を認めてもらうよう、話しに行きました。

市としてはあくまで道が目処がつかない現状では困難なことを

繰り返し返答しましたが、連日、大型ヘリで耕英地区に消防などを

送り込んでいることもあることから、必ずしも道開通まで帰宅させない

というのは妥当ではないことも示唆しました。

地区と家を想う開拓住民の熱い気持ちがすでに12日経過している中で

病んでいる事は市も承知しています。


道の工事は急ピッチで行われており、来月上旬には一部開通して、

市街地から崩壊地まで車〜崩壊地は徒歩〜耕英地区入り口〜車

という方法の地区内出入りが可能になる見通しも語られています。

耕英イチゴが今、大きさもちょうどになり、収穫を待っています。

このイチゴ救出(収穫)作戦も一時帰宅と同時に計画が進められています。

イチゴ収穫は相当数の人手で、人海戦術的に箱を背負って

運び出してこなければならず、その日程と同時にボランティアを

確保することも重要な課題となってきました。

日報を読まれている皆さんにはぜひ、周辺にイチゴ収穫ボランティアの

呼びかけをお願いします。


ボラセンではこのメールのあて先となっているアドレスが開通しています。

今後、このアドレスでボラセンスタッフが日報を出していく体制が

取れ次第、私の日報は『時々報』に移行します。


がんばろう耕英!

がんばろうくりこま!


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広瀬 敏通

2008年06月26日

転載:河北新報「耕英支援広がる輪 復興プロジェクトの初会合」

 岩手・宮城内陸地震で、避難生活を送る宮城県栗原市栗駒の耕英地区住民に対し、支援の輪が確実に広がっている。避難所のみちのく伝創館で24日に地区住民らが開いた「くりこま耕英復興プロジェクト」の初会合には、大規模災害の復旧支援経験者も駆けつけるなど、多彩な“援軍”が顔をそろえた。

 耕英地区住民のほか、日本財団や市内のまちづくりNPO法人「夢くりはら21」メンバー、県や市の社会福祉協議会職員ら約30人が参加した。地区に残されたイチゴやイワナを移動させた後、加工して販売・発送することを想定して郵便事業会社築館支店にも参加を呼び掛け。支店長らが出席した。

 プロジェクトの中心メンバーで、民間野外活動施設「くりこま高原自然学校」の佐々木豊志校長(51)は「ブログや、学校の活動を続ける中で築いた人とのつながりが生きた」と話す。

 会合では、名古屋市内の災害救援NPO法人「レスキューストックヤード」の栗田暢之代表理事(43)が、2007年の新潟県中越沖地震などで復旧活動に携わった経験から助言。「栗原市当局との協力が重要。住民の意思が行政に伝わると、復旧へのいろいろな方法が考えられるようになる」と述べた。

 佐々木さんは「地区住民の中に多様な分野の人が入り、復興について話し合えたのは大きい」と手応えを感じている。

 地区住民らはイチゴやイワナを移動させる計画について25日、市に協力を求めた。一時帰宅の実現なども要請した。
2008年06月26日木曜日

2008年06月24日

くりこま高原自然学校被災情報? 080624

【耕英復興プロジェクト】 耕英地区の義援金受付口座を開設してあります。耕英地区に支援してください。耕英地区振興協議会と言う地区振興組織があります。イワナ・イチゴ農家はもちろん耕英地区全戸が会員です

【口座】ゆうちょ銀行
記号 18130 番号 9701021
耕英地区振興協議会復興基金

振込料はATM は無料ですが窓口では140円かかるようです。
お願いします。

≪くりこま高原自然学校WEBぺージ≫
http://kurikomans.com
自然学校の被災状況や今の動き、物品提供のお願いなど、最新情報を掲載しています。こちらも是非チェックしてください。


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皆様 

 広瀬 敏通 :発


今日はボラセンで約10団体が集まり、情報交換と活動のすりあわせを

おこないました。

民間の方々が集まって痛感したのは、行政とのかかわりをしっかり

作ることの必要でした。

以前も触れたように、今回の震災ではいち早く、地元行政が

ボラセン設置をしないことを決めてしまったり、県外からの

ボランティアに対して見えざる壁をもっているかのような

対応が目立っていました。

しかし、さまざまな復興活動には行政の役割は大きく、

民間も行政との緊密な連携が欠かせません。

今日はそれをあらためて確認したミーティングだったようです。

明日朝にはさっそく、佐々木さんが市役所に出向いて、

そのあたりの調整を行う予定です。


さて、今日まで、多くの方々からさまざまな支援の相談を

いただいています。それをどうカタチにするか、効果あるものにするかを

課題の一つとして明日から時間をかけて佐々木さんや耕英地区の方々と

話し合ってきます。

イワナとイチゴの救出や、避難所の利便性、快適性の向上、

耕英地区の再建など、短期中期長期のやるべきことが目の前にあります。

これを焦らずに着実に進めていきたいと思います。

引き続き、皆さんのご支援をお願いします。


くりこま高原支援基金にはこれまで多くのカンパが寄せられています。

驚くような高額がすでに集まっており、皆さんの志にしっかり応えていきたい

と思うとともに、耕英や自然学校の皆さんがこれを受けて

力を得られることを願っています。

ご報告は定期的に行っていきます。

ありがとうございました。

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広瀬 敏通


2008年06月23日

くりこま高原自然学校被災情報? 080623


皆様

 広瀬 敏通 :発


今日は耕英地区の避難所に設立されたボラセンに

インターネットが開設されました。

アドレスなど、メール送受信については整備され次第、

ご連絡しますので、お待ちください。

電話については昨日既報のとおりやっと開通し、

さっそくボランティア申し込みなどで活用されています。

《0228−45−6092》

9:30〜17:00にご連絡をお願いします。


今日は自衛隊、他県の消防団などが引き上げました。

明日以降は地元の消防などだけで捜索を続けますが大幅な戦力低下です。

地元住民としては「これまでご苦労様でした。」という気持ち

とのことですが、まだ10人も行方不明者がいることを考えると、

引き上げ決定は早すぎると思わざるを得ません。


一方、一時は廃村、棄村を口にされた耕英地区ですが、

住民らの強い復興の決意の声に押されて、

TV映像で有名になった陥没した道路に代わる迂回路を

建設することになりました。

不要な道路に巨額の税金が投入されていることに比すれば

これは当然過ぎる措置でしょう。

開拓者たちのムラつくりがこれで途切れなくてすみます。


しかし、道路は開通しても生活基盤を失った住民のなかには

耕英で住むことを断念する人も出ていると聞きます。

震災で本格的に『限界集落』となってしまう惧れも現実化しています。

耕英が皆さんの励ましと支援で元気を取り戻すことが出来れば

全国の『限界』のレッテルを貼られた山村も再生の可能性を

見出せるかもしれません。

つまり、世間(社会)との接点を絶やさず、集落存在の価値を

発信し続ければ、道は開けるという可能性です。

もちろん、それにはさまざまな支援の手が不可欠です。

お年寄りだけでは発信手段すらかないません。


明日は、民間の災害救援団体が複数、避難所に集まり

ミーティングを行います。

明後日にはその結果を得て、ボラセン、自然学校の今後の方向性も

一段と見えてくるに違いありません。

明るい話題をお送りしたいと思います。


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広瀬 敏通

転載:河北新報「栗駒・耕英ルート 迂回路で通行可能 来月開通検討」

栗駒・耕英ルート 迂回路で通行可能 来月開通検討

 岩手・宮城内陸地震で、道路が寸断された宮城県栗原市栗駒の耕英地区へのルートを確保するため、宮城県が優先的に復旧を目指す「市道馬場駒の湯線」について、土木研究所(茨城県つくば市)が22日、調査に入り、「一部に迂回(うかい)路を設ければ、通行は可能」と判断した。県は7月下旬にも開通させる方向でスケジュールの本格検討に入った。

 県の依頼を受けた土木研究所の藤沢和範上席研究員が現地で調査した。分析によると、市道が通る栗駒沼倉の斜面で幅50センチ、長さ50メートル程度の亀裂が2本見つかった。

 藤沢研究員は「長い時間をかけてずり落ちる可能性もある」として、亀裂に近い場所は通行を再開せず、仮設道路を設けるよう助言した。

 県などによると、迂回路が必要なのは1キロほどの区間で、市道から最大で200メートル程度北側に離す必要がある。
 県は「分析を踏まえて、安全なルートを確保したい」としている。

 被災地で多発している「土砂ダム」について藤沢研究員は「川の傾斜が緩く、上流にある一部の土砂ダムを除いては、土砂の中に1?3メートル級の岩も多くみられる。土砂の厚みもあり、土石流化する心配はほぼない」と指摘した。
2008年06月23日月曜日

2008年06月22日

くりこま高原自然学校被災情報? 080622

ホールアース自然学校の広瀬さんからの情報を転載します。

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皆様

 広瀬 敏通 :発


雨が降り始めようとしている被災地ですが、皆さんのおかげで

避難所はようやく、活気のある声が聞こえ始めています。

ボランティアがボラセン開設後、20人程度来てくれ、

お年寄りが多い避難所内に『見捨てられていない』という気分が

感じられるようです。ありがとうございます。


ボラセンでは明日にもようやくインターネットが入る予定です。

これまで通信手段が乏しく、活動に支障を来たしていましたが、

これからは徐々に動き出していけるでしょう。

電話は今日、開通しました。

《0228−45−6092》

9:30〜17:00にご連絡をお願いします。

ボランティアの受付もこちらで出来るようになりました。

よろしくお願いします。


既報の耕英地区特産のイチゴと岩魚の救出作戦は、いま、それぞれの

農家を中心にチームを組んで、作戦実行に向けて詰めています。

24日にはある程度の概要が見える予定です。作戦の遅くとも数日前には

皆さんに告知しますので、ぜひ、収穫ボランティアをお願いします。


なお、先ほどまで佐々木さんはTV取材を受けていましたが、

明朝、8:10からフジテレビの『とくダネ』に生出演します。

どうぞ、ご覧ください。


栗原市内に、市民の方のご協力で民家を借りる手はずが

でき、そこに『くりこま高原自然学校』の仮事務所を

開設する準備が始まりました。


自然学校は現在、実質的に業務が停止している状態ですが、

被災地での種々の活動はもちろんですが、自然学校としての

ノーマルな活動も動かしていかねば、自然学校の存立が危うくなります。

そこで、目前の夏の行事はもちろん、さまざまな仕事が出来る体制を

なんとか作るために力を注ぎます。


自然学校の機能が復活すれば、日本エコツーリズムセンターの協力で、

『震災エコツアー』も催行できます。

震災は見世物ではありませんが、これまでは被災地にはボランティアとしてしか

入ることが出来ず、一般の方がなんとか役に立ちたいと思っても、

高い敷居がありました。

わが国は世界の0,25%の国土面積であるのに、世界で起きている

M6以上の大地震の23%がこの狭い国土に集中しています。

『災害大国』というのが日本の別名でもあります。

わたしたちが被災の現地に接することで学べることは膨大です。

子どもたちの災害教育にも、市民の防災学習にも、できれば国民すべてが

被災現場に関心を持ち、多様な方法で現地に出会える手立てを作りたいと思います。

夏には、美しい栗駒山の森や湿原と震災の無残な爪痕をめぐるツアーを

くりこま高原自然学校のスタッフ(できれば佐々木さんに)案内してもらい、

私たちがなにが出来るのかを考えるきっかけになるような『震災エコツアー』

が実施できるように詰めていきたいと思います。


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広瀬 敏通

転載:毎日新聞「岩手・宮城地震:避難所に「がんばろう!」Tシャツ届く」


写真「がんばろう!耕英!」と書かれたシャツを着る耕英地区の住民がいる避難所前でボランティアをする人たち=宮城県栗原市栗駒岩ケ崎のみちのく伝創館で2008年6月22日午前10時25分、小関勉撮影

 岩手・宮城内陸地震で被災者の避難所になっている「みちのく伝創館」(宮城県栗原市)に22日、「がんばろう!耕英(こうえい)!」とプリントされたTシャツ120枚が届いた。この避難所には耕英地区の17世帯29人が身を寄せており、盛岡市の高校教諭、佐々木豊実(とよみ)さん(48)が「兄が暮らす被災地を応援したい」と自費で業者に製作を依頼し、現地へ送った。

 「がんばろう!」は白地に赤で描かれ、「団結して生活を再建してほしい」との思いを込めた。避難住民やボランティアは早速、Tシャツを着て外に出た。同地区に住み、ボランティア活動にも携わる兄の豊志(とよし)さん(51)は「力がわいてきました」と話していた。【杉山順平】

毎日新聞 2008年6月22日 20時30分(最終更新 6月22日 20時31分)

2008年06月21日

くりこま高原自然学校被災情報? 080621

西村です。

広瀬敏通さん(ホールアース自然学校)からの情報を転載します。


佐々木豊志さんブログも引き続き更新されていますのでご覧ください。

http://blog.canpan.info/master_kkns/



(以下転載)


皆様 

 広瀬 敏通 :発


今日からボランティアの先陣が2名、出来立ての

ボランティアセンター(以下、ボラセン)に到着し、

さっそく活動を始めました。

耕英地区の方々が集団で避難している岩ヶ崎伝創館の避難所では

情報や支援の声や見える支援の形から隔絶して孤立している

方たちが『ボラセンっていったい何をするところなんだ』という

素朴な疑問を抱えながら、佐々木さんの声に励まされて、

全国の人達の支援を信じ始めています。


さらに、被災し疎開している人はすべて避難所に居るわけではなく、

雪深い耕英地区では冬を越すのが困難なために、

山麓の町に自宅を構えている人も半分以上居ます。

それらの方々もヘリで急遽、避難させられたために、

車も無く、お年寄りは診察も受けられずに各家で孤独な状態に

置かれています。

こうした皆さんの巡回と、話し相手、病院などの送迎もボランティアの

大事な活動ですが、現状は人出が無く手がつけられていません。

つまり、ボランティアのニーズすらまだ掴みきれていないし、

被災した皆さんに存在も知られていません。

早急に人海戦術で基礎的な調査をおこない、震災1週間になる避難生活での

心身の傷病を広げない取り組みが必要です。


今回の震災ではこれまでの阪神、中越、能登など、各地で発生した

震災で、全国からの支援の人手であるボランティアや支援物資という

災害現場では当たり前になっていた風景が見られません。

これは地震発生早々に行政による『今回はボラセン設置はしない』

と決定された影響がとても響いています。

佐々木さんらの努力でようやく開設されたボラセンにぜひ、

皆さんのご協力をお願いします。

ボラセンの申し込みは、まだ、現地でインターネット状況や

FAXの状況も無いため、下記のメールアドレスで申し込みを

受け付けます。学生、主婦、自営の方々、日帰りでも構いません。

その場合は出来るだけ午前中に現地においでください。

数日滞在できる方は寝袋など準備しておいでください。


なお、震災数日後までは自衛隊のヘリに乗せてもらって陸の孤島となった

耕英地区に家畜や畑の世話にいけましたが、今はそれも出来ず、

鶏、ウサギ、ヤギなどは「自力で生きよ」と小屋を開け放してきたままです。

とくに岩魚とイチゴというこの地区最大の特産は時間を追って

壊滅的な打撃を蒙る心配が出ており、これを救出する計画を

住民たちが独力で検討中です。

実行にはボランティアの手も必要です。

この話題については追ってご報告します。


支援カンパをぜひお願いします。

一口1000円とさせてもらいました。


取り扱い金融機関⇒「ゆうちょ銀行」

●口座名「くりこま高原自然学校支援基金」

●口座番号  00870−0−134900


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広瀬 敏通

◆ホールアース自然学校アドレス

個人 hirose@wens.gr.jp

ホールアース自然学校  info@wens.gr.jp

NPOホールアース研究所 npo@wens.gr.jp

総合URL ? http://wens.gr.jp

Tel 0544−66−0152 Fax 0544−67−0567

〒419-0305

静岡県富士郡芝川町下柚野165番地

*******************************************

◆日本エコツーリズムセンターアドレス

個人 hirose@ecotourism-center.jp

〒171-0031

東京都豊島区目白3-13-20 DAIGOビル201

TEL:03-3954-2239? FAX:03-3954-2203

HP www.ecotourism-center.jp/

エコツアー・ドット・ジェイピー 

 http://www.eco-tour.jp/

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転載:朝日新聞『「がんばろう神戸」から「がんばろう耕英」 支援始まる』


 「がんばろう神戸」から「がんばろう耕英」へ――。岩手・宮城内陸地震で被災した宮城県栗原市を、阪神大震災のボランティアらが提供した車が走り、高齢者の足となっている。人に頼ることをためらいがちな土地柄に、新しい風が吹き始めた。

 「車を山に置いてきてしまった。移動の足がないから、うんと助かるよ」

 21日午前8時過ぎ、やけどで毎日病院に通う岩渕ミチ子さん(72)は、地元・耕英地区の「くりこま高原自然学校」のスタッフが運転するワゴン車に乗り込んだ。

 みんなに元気を出してもらいたいと、車には「がんばろう!耕英」のステッカー。ナンバーは阪神大震災の日付にちなんだ「117」だ。

 ヘリコプターで避難したため移動手段がなくなったと、学校長の佐々木豊志さん(51)がブログでもらしたところ、阪神大震災などで災害支援をしてきた長野県のNGO「ヒューマンシールド神戸」の吉村誠司さん(42)らが応じてくれた。宮城県多賀城市の「多賀城北日本自動車学院」も別に教習車2台を提供してくれた。

 95年。吉村さんは、阪神大震災の被災地へ発生4日後に駆けつけた。「もっと早く行ければ多くの人を助けられたのに」。以来、各地の被災地に駆けつけている。「中越地震の時も山間部の人は移動手段がなくて動けなかった。今回も同じ。車を届けたいと思った」

 神戸からは足湯やマッサージのサービスをするボランティアも訪れた。菅原みゑ子さん(76)は「神戸から来てくれるなんて、本当にありがたい」と語った。

 ただ栗原市は当初から、ボランティアの受け入れに必ずしも積極的ではなかった。

 ボランティアの窓口となっている市社会福祉協議会には、これまでに市外から約30件の申し入れがあったが、柔道整復師会など専門機関以外はすべて断った。

 協議会が被災者に聞いたところ、余震への不安が強かったり断水で困ったりしている人はいるものの、市内のボランティアなどで対応できていると判断したからだ。コミュニティーの結束が強い分、市職員や被災者は「よその土地の者には任せたくない」という気持ちもあったという。

 それが、地震発生から時間がたつにつれ、住民の中では少しずつ変わり始めている。

 地元でバーなどを経営する伊藤俊さん(32)は耕英地区の住民が避難している「みちのく伝創館」前で、カレーやうどんなど計300食をふるまっている。「ボランティアも、地元でやれれば一番いいが、被害を受けている人もいる。外部から力をいただけるのはありがたい」

 耕英地区振興協議会の大場浩徳会長(48)は「地震直後はショックで落ち込んでいた。でも私たちのために動いている人がいると知り、復興に向けて動き出さねばという気持ちになり始めた。そのために今は、もらえる応援は素直に受けようという気持ちです」。

転載:朝日新聞「地震、濁り引かぬ川 反物洗えず伝家の藍染断念 宮城」


栗原市栗駒文字の千葉家に伝わる「正藍染(しょうあいぞめ)」。自然発酵させた藍を使って染め、家の前の二迫川の清流で洗い清めているが、地震後、川の水が濁り、洗えない状況が続く。3代目の千葉まつ江さん(78)は今季、「大きな反物はもう染められない」とこぼした。
 日本最古の染色技法とされ、初代の故あやのさんは国の重要無形文化財保持者(人間国宝)で、2代目のよしのさん(98)は県の無形文化財保持者の認定を受けた。

 自然発酵のため、染色できるのは6月初めからの1カ月だけ。洗い流すのに水道水は使わない徹底ぶりで、川の水が使えないため、裏山から引いている沢の水をおけにためて使っている。このため、洗えるのはのれんやハンカチなどの小物だけだ。

 まつ江さんによると、染色用具に被害はなく、染色の液がたるからこぼれた程度だったという。川の水はこれで「大雨でも1、2日できれいになったのに、今回はだめ」。梅雨の時期も迎え、反物はあきらめたという。例年30〜40反染めていたが、今年は地震前に15反ほど染めただけで終わった。

 まつ江さんは「心が落ち着かないと良い染め物ができない。いつきれいになるのか。早く回復してほしい」と話している。

耕英地区への見舞金受付口座

くりこまの佐々木さんによると、耕英地区への見舞金の受付口座も独自に開設されたようです。


(以下、転載)


◆8時43分。避難所の前から栗駒山に向かってみんなで黙祷した。耕英再生を誓った。失いかけていた生きる力がイワナイチゴ搬出プロジェクトで甦ってきた。みんなの目に輝きが戻ってきたような気がするのは私だけだろうか。再生には幾多の課題は覚悟している。耕英開拓魂は死なず。くりこま高原自然学校は全国にいるたくさんの仲間の励ましでなんとかなると思う。こんなに必死になっている耕英地区にも是非支援をしてほしい。
耕英地区の義援金受付口座を開設してあります。耕英にも支援してください。耕英地区振興協議会と言う地区振興組織があります。イワナ・イチゴ農家はもちろん耕英地区全戸が会員の組織です。私も自然学校設立時から仲間に入れて頂き、今副会長をしています。
【口座】
ゆうちょ銀行
記号 18130
番号 9701021
耕英地区振興協議会復興基金

振込料はATM は無料ですが窓口では140円かかるようです。
お願いします。

〓豊志

転載:毎日新聞「岩手・宮城地震:産業守るためNPOと連携 耕英地区方針」

岩手・宮城地震:産業守るためNPOと連携 耕英地区方針


 地震で全員が避難した宮城県栗原市の耕英地区の住民が20日、地元に残された養殖イワナや収穫期のイチゴを守る方策を考える会合を市内の避難先で開いた。新潟県中越地震で活動経験がある災害支援NPOなどと連携することなどを確認。活動を「耕英農水産物救出プロジェクト」と名付け、模索を続ける。


 二つは、地域の象徴的産業。地区にはイワナの養殖場が3カ所、イチゴ農家が13戸あるが、道路復旧のめどは立っていない。10万匹以上とされるイワナにエサをやれず、最盛期を迎えたイチゴの収穫もできないままだ。


 「収穫を手伝う」と名乗り出る仲間もおり、くりこま高原自然学校を経営する佐々木豊志さん(51)は「搬出するヘリの準備など課題は多いが、イワナとイチゴを守るという強い気持ちを持って活動することが大事だ」と話している。【松本惇、町田徳丈】


「全国の方々に耕英を再建する力をかしてほしい」と呼びかける佐々木さん(左)=宮城県栗原市の避難所で、2008年6月20日午後7時28分、町田徳丈撮影

転載:朝日新聞「宮城の耕英地区 被災者救った開拓地のきずな」

宮城の耕英地区 被災者救った開拓地のきずな


2008年6月21日6時15分


写真駒の湯温泉で捜索活動する救助隊員たちにおにぎりとゆで卵を配る耕英地区の被災住民たち=16日午前4時45分、栗原市栗駒沼倉耕英東、黒川和久撮影地図


 岩手・宮城内陸地震は発生から21日で1週間。


 宮城県栗原市耕英地区。孤立した集落で、固いきずなが病人やけが人を救った。


 2週間に1度のごみ集めの日だった。土曜日の晴れた朝。新緑のブナに囲まれた耕英地区中心部の集積所には、4、5人の住民が車で集まっていた。


 午前8時43分。「今日のごみはもう終わりかな」。金沢大樹区長(65)が声をかけた瞬間、地面が揺れた。立っていられず、四つんばいになった。「年寄りは大丈夫だろうか。けが人がいるんじゃないか」。揺れがおさまると、その場にいた住民が安否確認のために散った。


 約40分で大半の住民の無事を確認した。住民らが助け出した「駒の湯温泉」の菅原孝さん(86)ら3人が大けがをしていることが分かった。しかし、電話が通じない。


 「緊急事態発生。誰かとってください」。観光イチゴ農園を営む菅原耕一さん(55)が無線で呼びかけた。「けが人がいます。道路が寸断されています」。連絡が取れたのは午前10時半ごろだった。


 「けがをしていませんか」。余震が続く中、約100人が暮らす耕英地区では、隣人の安否を確かめる多くの姿があった。


 金沢大樹区長は、小山忠三さん(79)が自宅の庭で座り込んでいるのを見つけた。上着が血で赤く染まっていた。落ちてきた額縁が後頭部を直撃したという。近所の住民も次々と駆けつけ、手ぬぐいで止血し、包帯代わりにシーツを巻いた。車にのせ、中心部の温泉施設「山脈(やま・なみ)ハウス」まで運んだ。


 同ハウスでは、元看護師の女性らが消毒や湿布などの手当てを始めた。


 道路のあちこちに亀裂が入っていた。集落とふもとを結ぶ2本の生活道路は、土砂崩れと地滑りで寸断されていた。停電し、電話も通じない。住民は間もなく、集落が孤立状態だと気づいた。


 無線で救助を呼びかけた菅原耕一さんは集落内の様子を見回っているとき、「110番して」とのさけび声を聞いた。「けが人がいる」。慌てて自宅に戻り、物置から無線機をとり出した。発電機で無線機を作動させ、「緊急事態発生」とさけんだ。受信した人を通じて消防に、負傷者数と地区が孤立状態であることを伝えた。


 及川安富さん(76)は、人工透析でふもとの病院に向かう予定だった。「どこさも出られなくなってしまった」と妻きみ子さん(76)と話した。間もなく、訪ねてきた金沢区長が「最初のヘリコプターに乗って山を下りて」と声をかけた。及川さん夫婦は車で山脈ハウスに向かった。


 地震で腕を骨折した観光客の女性など同ハウスには、負傷者らが集められた。金沢区長らは話し合い、負傷者や及川さんら5人を最初のヘリで運ぶことを決めた。午後2時ごろ、県警のヘリが到着し、5人は病院に運ばれた。続いて、高齢者や子どもらを下山させることで一致した。


 約3分の1の住民は山に残った。一夜明けた15日夜には、「駒の湯温泉」で捜索活動を続ける消防隊のために食料を持ち寄り、炊き出しを始めた。おにぎりを握った女性は「仲間が救出されるまでは山にいたい」と話した。


 だが、最終的には市の説得に応じて住民全員が山を下りた。


 農業の男性(58)は言う。「耕英は戦後に入植して我々が引き継いできた。この灯を消したくない」


くりこま高原自然学校被災情報? 080620

環境共育事務所カラーズ西村です。

広瀬 敏通さん(ホールアース自然学校)からの情報を転載します。


また佐々木豊志さんのブログでは耕英地区住民の方々の「山へ帰る」という強い意志の確認、「イワナイチゴ」プロジェクトの進展について報告がありました。引き続き、注目と応援をお願いします。

http://blog.canpan.info/master_kkns/


また緊急に呼びかけ、とりあえず環境共育事務所カラーズあてで受け取りました義援金ですが50,000円をこえる金額をお預かりしました。ありがとうございました。みなさんのメッセージとともにくりこま高原自然学校あてに直接お届けしたいと思います。

また今後ですが、広瀬さんが文中で紹介されています、以下の口座のほうにご支援をお願いいたします。


取り扱い金融機関⇒「ゆうちょ銀行」

口座名「くりこま高原自然学校支援基金」

口座番号  00870134900

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皆様 

  広瀬 敏通 :発


今日、耕英地区住民の避難所である栗原市岩ヶ崎伝創館避難所では

大きなエポックとなる進展がありました。

ひとつは、先日来、設立を目指して働きかけてきた

ボランティアセンター(以下、ボラセン)が今日20日、正式に設立されました。

市、社協、住民、自然学校の4者で運営するボラセンは、事実上、佐々木さんを

中心とする自然学校チームの責任運営となります。

これによって、避難所および、閉鎖状態の耕英地区の再建に向けた

ボランティアアクションが実行できるようになりました。

今日現在はまだ、ボラセン専用電話など通信手段が無いため、

この日報アドレス hirose@wens.gr.jp が連絡先をかねます。

現地ボランティアを志望する方は、こちらまでお問い合わせください。

また、状況がきわめて流動的なため、ボランティアの活動内容については

特定できないことをご了承ください。


ふたつめの出来事は、耕英地区「全住民会議」が開かれて、

被災した耕英地区全住民が「山に帰る」という強い意志を

確認したことです。

これまで、甚大な被害を蒙った耕英地区は陸の孤島となり、

復興には膨大な時間とコストが予想されるため、「廃村」路線が

水面下で流されて、避難住民にニ重の絶望感をもたらしてきました。

しかし復興は住民の強い意思があれば「中越・山古志村」の事例にもあるとおり、

地区再建が可能です。

それを信じようという気持ちがひとつになりました。

これには途切れることの無い、わたしたち外部からの支援と

連帯感が欠かせません。

この一体感の象徴的な活動として、佐々木さんたちは

『イワナイチゴプロジェクト』というフレーズを使っています。

耕英は日本で始めて野生岩魚の養殖に成功し、現在も養殖場産業が盛んです。

また、高品質イチゴの産地として知られており、いまが収穫最盛期です。

これを諦めるのではなく、ボランティアの力を借りて、

収穫、疎開させようという計画です。この作業には耕英地区に入る必要があるため、

すぐに実行するにはまだハードルがありますが、必ず実現できる手法が

見つかるでしょう。

皆さんにはこれらへのボランティア参加もお願いするように

なると思いますので、この日報にご注目をお願いします。


今日行われた(社)日本環境教育フォーラムの総会には

くりこま高原自然学校の中心スタッフである馬渡氏が出席して、

被災状況の報告をしてくれました。

それに応える形で、総会後の交流会費用の全額を寄付することになりました。

こうしたカンパの方法もあるという見本になるでしょう。


昨日開設した『くりこま高原支援基金』は、同校自身への直接支援と

耕英地区再建に向けた活動向けに対象を絞った支援カンパです。

これに寄せられたいくつかのコメントで、『支援金は一口●●円』としたほうが

取り組みやすい、という声がありました。

そこであくまで目安ですが、一口1000円でお願いできればと思います。

会計報告は今後、月単位でご報告します。


取り扱い金融機関⇒「ゆうちょ銀行」

●口座名「くりこま高原自然学校支援基金」

●口座番号  00870−0−134900

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広瀬 敏通


2008年06月20日

転載:毎日新聞「岩手・宮城内陸地震:イワナの命あるうちに 栗原・耕英地区住民が復興へ思い」

岩手・宮城内陸地震:イワナの命あるうちに 栗原・耕英地区住民が復興へ思い

 岩手・宮城内陸地震で、全住民が避難している栗原市の耕英地区の金沢大樹行政区長(65)らが19日、避難所になっている同市栗駒岩ケ崎の「みちのく伝創館」で会見した。金沢区長らは「雨で道路の亀裂が深まるのが心配。一日も早く耕英地区への道路が復旧するように国などに要望を続けていく」と心境を語った。

 会見には金沢区長や切り花農家ら5人が出席した。イワナ養殖やイチゴづくりを営む大場浩徳さん(48)は「イワナの命があるうちに耕英地区に行ってみたい」と話し、「道路が復旧すれば、すぐにでも復興活動をしたい」と語った。

 金沢区長は「団結力をもう一度高めて、復興させるという気持ちをなくさないように努めたい」と話した。【町田徳丈】

毎日新聞 2008年6月20日 地方版

『くりこま高原自然学校支援基金』


ニュースでご存知の通り、宮城・岩手地方で大きな地震が発生しました。突然のことで、被災者の皆様のご心配はいかばかりかと拝察しております。一刻も早い復興が遂げられるよう心よりお祈り申し上げます。

現地では我々の仲間のくりこま高原自然学校(詳しくはリンク先のブログへ)が徒歩道も寸断されながらも1日でも早い復興へと頑張っております。ホールアース自然学校/NPO法人ホールアース研究所(代表:広瀬敏通)は、今回の震災に対し、当校が積み上げてきたノウハウや機動力を活かして支援体制を構築しています。

し かし、今回の被災は山間部過疎に集中したため、 甚大な震災であったにもかかわらず、 被災者数も比較的少なく、被災された住民の大半が 親類縁者を頼っており、社会福祉協議会も ボランティアセンター設立をしないことにしました。他方、私たちができることとして、『くりこま高原自然学校支援基金』を設立し、少しでも早い復興のた め、みなさまのご協力をお願いしたいと考えます。皆様の貴重なお心を、現地での活動支援、自然学校再建募金等に使わせていただくことにいたします。

※今回の地震被災者向け全般へのカンパではなく、『くりこま高原自然学校』の活動に対する支援です。

郵便口座(ATMからでも振込み可能です)
◆口座番号 : 00870−0−134900
◆加入者名 : くりこま高原自然学校支援基金

※振込用紙にはメッセージ欄がありますので 皆様のメッセージをお書きいただくと、くりこま高原自然学校のみなさんだけでなく、活動先の避難所の方々にも予想以上の励みになると思います。

何とぞよろしくお願いいたします。

2008年06月19日

くりこま高原自然学校被災情報? 080619

西村です。

広瀬さん(ホールアース自然学校)からの情報を掲載します。

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くりこま高原自然学校被災情報? 080619


皆様

 広瀬 敏通 :発


本日、ようやく支援基金の口座が開設されました。

(けっこう、時間=日数がかかりました。驚きました)

取り扱い金融機関⇒「ゆうちょ銀行」

●口座名「くりこま高原自然学校支援基金」

●口座番号  00870−0−134900


振込用紙にはメッセージ欄がありますので

皆様のメッセージが書いてあると、くりこま高原自然学校のみなさんだけでなく、

避難所の方々にも予想以上の励みになると思います。


物資については下記の事情変更が発生しましたので

早々に佐々木さんから必要物資のリストを送ってもらうことになっています。


さて、遅ればせながらようやくボランティアセンターの設置が

決まりました。これで、支援活動や被災者の方々の要望を

集約できる機関ができます。


震災直後からボランティアセンターの設置をしないと

決めていた行政、社協も耕英地区、花山地区がその他の

市内の各所とは様相の違う被災状況であることが明らかに

なってきたことや、行政と民間の専門に関する役割分担など

の調整が効き、佐々木さんをヘッドにボラセンの設置を

近々に進める方向が決まりました。


昨日の日報で書いた、現地に体を持っていって貢献したいと

思われる方は、ボラセンが開設されるまでの間は、

このメールアドレス宛、お申し込みください。

多岐に亘る業務が想定されますが、家屋の片付けなどハードな

仕事はまだ先になる見込みで、避難所での聞き書きや

被災者の方々のケアを中心とした仕事が想定されます。

ただし、現地では佐々木さんはじめ、活動の指揮チームに

したがって行動ください。

昨日、流しましたが、身の回りの品と寝袋など持参となります。

テントは現地で手配していますが、不十分なことが予想されますので

お持ちの方は持参してください。


戦後、満州から引き上げてきた方々を軸に開墾されて

三代にわたる開拓の歴史を刻んできた耕英地区は

一時、廃村、棄村を強いられる事態に直面していましたが、

いま、皆さんの励ましで『負けるものか!!』という意地が

強く湧き出てきました。

わずかでも希望を託せる情報に触れれば、人は自ら立ち上がります。

この熱い気持ちを皆さんとともに、半年、1年と息切れせずに

支えていきたいと思います。


この日報は途中から送信され始めたMLなどが

ありますが、関係者の要望で送信しましたので、ご容赦ください。



「くりこま高原自然学校」の公益的役割について

西村です。「くりこま高原自然学校」の公益的役割について考えてみました。


耕英地区、栗原市に「くりこま高原自然学校」の存在が果たしてきた役割

・若いスタッフの労力提供(「結い」の関係)

・地区自治(消防、自主警察、地域行事)

・市民の学習拠点として

・周辺の観光施設とも連携し栗駒山のエコツーリズムを具体化してきたこと

・仕事づくりを行って、新住民を誘致してきたこと


「くりこま高原自然学校」が「日本の自然学校」をリードする存在であること

・中山間地域の活性化に、効果を挙げてきたこと。

・「若者自立塾」はじめ、悩める青少年の自立にたいへん効果をあげてきたこと

・ESDの推進について、自然学校における活動の具体化を、先進的に行ってきたこと

・栗駒山のエコツーリズムを牽引してきたこと


いますぐ思いつくのは、以上のようなことがらなのですが、もっとあるでしょう。


佐々木さんはじめ「くりこま高原自然学校」は社会に対してこんな役割を果たしてきました。ここで停滞せずまだまだ日本の自然学校をリードしてもらわないといけないと思います。


「くりこま高原自然学校」ならびに耕英地区全体の生活再建に向けて、みなさまのご関心とご支援をお願いいたします。

転載:河北新報「耕英地区へ仮設道路 宮城県、突貫工事を決断」

耕英地区へ仮設道路 宮城県、突貫工事を決断


 岩手・宮城内陸地震で集落に通じる道路が寸断され、孤立した地域住民41世帯102人が全員避難している宮城県栗原市栗駒の耕英地区について宮城県は18日、「市道馬場駒の湯線」を県単独で復旧させる方針を決めた。村井嘉浩知事ら県幹部は「苦労して農地を開拓してきた耕英の人たちを絶対に見捨てない」として突貫工事を決断した。必要に応じて山林を切り開き、仮設道路を敷設する。


 耕英地区に通じる主要ルートは、市道馬場駒の湯線と県道築館栗駒公園線の2本。2ルートとも複数個所で土砂崩れが起き、道路が寸断された。


 県道は「崩壊した土砂量があまりにも多く、復旧まで数年かかる」(土木部)と試算し、早期復旧を断念した。


 県と栗原市は、ルート確保の可能性を探るために17日、市道の合同調査を実施。大小合わせて計6カ所の土砂崩れや陥没を確認したが、路面補修や仮設道路の取り付けを行えば通行可能と判断した。


 市道上にある耕英地区南部の地滑り陥没地点は、市道耕英開拓線を補修して迂回(うかい)ルートを確保する。


 荒砥沢ダム上流部の大規模土砂崩れ部分のへりを巻き込むように尾根沿いを通る部分について県は、独立行政法人土木研究所に安全性調査を依頼した。地滑りの専門家が21、22の両日、現地を踏査する。


 調査で土砂災害の危険性があると診断された場合、県は既存ルートの北側に位置する国有林内に仮設道路を敷設することも検討している。


 県は「孤立している耕英地区への道路を確保することが急務。将来に不安を抱いている避難住民のためにも早期に着手したい」としており、土木研究所の意見を参考にルートや着手時期を決める。

2008年06月19日木曜日?

2008年06月18日

くりこま高原自然学校被災情報? 080618

にしむらです。

広瀬さんからの続報が届きましたので、転載させていただきます。

-------



皆様

  広瀬 敏通 :発


震災4日目。

すでに1週間、10日も経ったような感覚ですが、

被災時の被災現場とのやり取りでは常にこうした時間の流れ方です。


耕英の被災者だけが集まった栗原市岩ヶ崎の避難所では

自然学校のメンバーも4名、起居をともにしています。

本来?であれば避難所にはすでに多くのボランティアが

来ていて、それなりに統制も生まれて機能している時期ですが

今回は、行政(社会福祉課)(社会福祉協議会)では

ボランティアセンターは設置しない方針をとっており、

避難所では行政からの一方向の情報のみしか伝えられない状況のなかで、

焦燥と無力感とが支配し始めている様子が伝えられています。


錯綜する情報による混乱がたびたび発生する中で、

佐々木さんが自然学校のネットワークを活かして一元的な情報センターを

設置する働きかけを現在行っていますが、地区の自治会、市の

仕組みの壁が厚く、なかなか身動きが取れないつらさがあります。


そうしたなか、支援の声がさっそくカタチになり、

今日、4台の車が避難所に届きました。

『事故の責任はどうする』という声のあるなか、保険も整備された

気遣いの車ボランティアはくりこま高原自然学校スタッフが

運転して、お年寄りたちの病院送迎などのサービスを始めました。

また、昨日日報で書いたプリンターも即座に1台届き、稼動し始めています。

ほんとうにありがとうございます。


早急に避難所か便のいい場所に支援センターを民間で設置し、

避難所への支援と置き捨てられつつある耕英地区への可能な支援を

始める体制をとる予定です。

当面、センター機能を置く場所がまだ得られていないのですが、

避難所の孤立した状況を打ち破る元気のいいボランティアを数名

派遣することになりました。

まずは開拓世代のお年寄りが大多数を占める避難所で

ニーズ調査を含んだ、話し相手ボランティア、被災状況の聞き書き

記録ボランティアを募集します。

期間は問いません。形の上ではボラセンが無いので、自然学校の

仲間という形で支援に入ることになります。

佐々木さんの指揮下で動いてもらいます。


民間ボランティアの活動が事実上、封じられている?はじめての

体験ですが、地元の皆さんと調和を図りつつ、

徐々に支援の明るいパワーを届けていきたいと思います。


当面、現地までの交通費滞在費は自分持ちの方に限ります。

寝袋、洗面具、着替え、保険証、免許証などを持ってきてください。

受付は下記宛、お願いします。


支援物資についてはボランティア同様、行政が積極的な受け入れ態勢を

もっていないため、独自のラインを作りながら少しづつ避難所に

拡げていければと思っています。

今、佐々木さんが必要物資リストを調べているところですので

お待ちください。

明日には支援カンパの口座が開設されますので

早急にお伝えします。


マスコミははや、情報ソースが尽きてきて、紙面、ニュースとも

急速に関心を失いつつあります。

現状、情報を発信する手立て(ボラセン、災害対策本部)が

無いか、機能不十分なのでこれは避けられません。

私たちの手で、多くの人の関心を持続させていく方法を

とらねばならないというもう一つの仕事も生まれています。


今後とも注目をお願いします。

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広瀬 敏通

転載:「くりこまに行ってきました」

豊留 雄二さん(元くりこま高原自然学校スタッフ・盛岡在住)

からのメールを転送します。

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みなさま


盛岡の豊留です。

一昨年春までくりこま高原自然学校のスタッフでした。

また、花山は学生の頃に毎年キャンプスタッフとして通っていた場所でした。


今回の地震は正に人ごとではなく、居ても立ってもいられなくなり、何もできることはないと思いましたが、昨日午後に栗駒へ行き、佐々木さんはじめくりこま高原自然学校のスタッフ・寮生に会ってきました。

案の定、私ができることは何もなかったのですが、スタッフ・寮生とも思った以上に元気そうでした。


また、耕英地区住民のみなさんとも会うことができました。

避難所生活をしていらっしゃる方には、やはり疲労の色が見える方もいらっしゃいました。

避難所周辺はマスコミが大勢押し掛けており、これが一番の疲労の原因であるように私には思われました。


時間がなく、花山までは足を伸ばせなかったのですが、国立花山青少年自然の家も施設に被害を受けています。

自然の家のHPに情報が出ていました。http://hanayama.niye.go.jp/



くりこま高原自然学校のスタッフ・寮生は、佐々木さんのブログにもあるように、栗駒の街場にある佐々木さんの奥様のご実家と避難所に分かれて生活しています。

テレビで映る耕英地区とはあまりにも対照的に、街場は日常とほとんど変わらない様子でした。

違いは、自衛隊やマスコミの車やヘリを頻繁に見かけることと、余震が続いていることくらいに思いました。



行政が見捨てかねない耕英地区を、そしてくりこま高原自然学校をなんとか復興させて欲しいと願っています。

大勢の方が避難生活を送っている花山も含めて、できる限りの支援をしたいと思っています。

今は情報も錯綜し、行政の対応も含めて今後の見通しが立たない状況ですが、少し落ち着いてくれば何かしらできることが見えてくると思います。



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豊留 雄二(TOYODOME Yuji)

toyodome@k2.dion.ne.jp


投稿者 nishimura : 21:12

2008年06月17日

くりこま高原自然学校被災情報?

にしむらです。引き続き広瀬さん(ホールアース自然学校)からの情報です。プリンターの件は私の方から提供可能であると申し出ております。


くりこま高原自然学校佐々木さんご本人からの情報は、ブログ

http://blog.canpan.info/master_kkns/

に随時書き込みされています。

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皆様

 広瀬 敏通 :発


佐々木豊志さんとくりこま高原自然学校をわたしたち仲間の

手でできるだけ支えていこう、と始まった支援の輪ですが、

自然学校が単一で栗駒山の大地に在ったわけではなく、

耕英という戦後、満州から引き上げてきた人達を中心に

入植した開拓地があり、そこに強い絆をもって生きている人たちがおり、

そうした地域社会に入らせてもらいながら独自に強力な

フロンティアスピリットで入植して自然学校を

築いてきた佐々木さんが居り。


とうぜんのように、話はそこに行き着き、

耕英地区をどうするのかという不安と、焦りと絶望感とが

入り乱れながら、地区の皆さんが今、避難所で過ごしています。


今は大変な混乱期で、情報も錯綜しており、こんな状況で

明日のことは語れません。今、今日の過ごし方を相談するので精一杯です。

ということで、近い将来は、地区全体のことを地区の人間として

決めていく段階が来ることを知りつつ、今は今のことを考えて

動いていこう、という状態です。


とりあえず、避難所と奥さんの実家に落ち着いた自然学校の

スタッフたちですが、まずは自然学校の事務所機能を

臨時に設けなければなりません。

佐々木さんはどこに拠点を置くか、近々に決めるつもりでいます。


仮事務所が決まれば、そこで支援物資もとりあえず受付ができますので

皆さんにはぜひ、ご協力をお願いします。

いまはインターネット環境が悪く、満足な通信ができない状況ですが

これも改善する手続きをとっています。


当面、必要な物資として、中古のプリンターがないかと

求めています。もしお手持ちの方が居ましたら、

明日中には送り先が決まりますので、ご寄付か貸与していただければ

助かります。


前回の日報でもお知らせしましたように

カンパの口座開設は19日になりますので、

どうかよろしくお願いします。

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広瀬 敏通




くりこま高原自然学校被災情報?

皆様

  広瀬 敏通 :発


昨晩、強制退去の指示で下山した佐々木さん以下、くりこま残留組は

下界の避難所に落ち着き、今回の被災の深刻さにあらためて

衝撃を受けています。

行政は耕英地区全体の復興を放棄する方向に動いており、

戦後、開拓で切り開いてきた耕英地区の皆さんと今後の対処をめぐって

対立が生まれています。


耕英地区は住民こそ30戸あまりですが、大半が開拓であり、

10数戸は耕英以外に行き場がありません。

今は特産のイチゴの出荷の最盛期であり、ダイコンも入れると

農家の打撃も大きなものがあります。

へりは今日も耕英地区まで飛び、家畜の世話や家屋の片付けなど

必要な方々が行きましたが、今後、どれだけヘリ便が飛ぶのかも

難しい見通しでしょう。飛ばなくなれば、車もいけず、歩き道も壊れている

耕英地区はまったく閉ざされてしまわざるを得ません。

くりこま高原自然学校にとっても存亡の危機を迎えています。


佐々木さんらが入っている避難所は耕英地区住民だけの避難所なため、

今後の地区の問題をめぐる話し合いも結構あるようですが、

皆さんは被災のダメージが大きく、まだ先のことは考えられない状況の

ようです。佐々木さんは地区を放棄せずに再生できないか

支援の方々とも相談しつつ、地区の皆さんと話し合いを持ち始めています。

今後、耕英地区の民間ボランティアセンター(支援センター)が

必要になるかもしれません。


佐々木さんの自然学校所有車5台はすべて耕英地区なため、

避難所で移動するのに困っていましたが、さっそく、車の提供があり、

大いに助かっています。

こうした支援物資も何が必要でなにが不要であるのかも

この日報でお知らせしていきます。


くりこま高原自然学校について

三好利和さん(日本アウトドアネットワーク事務局長)からのメールを転載します。


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会員各位へ

?

昨日の読売新聞夕刊1面に「くりこま高原自然学校」の関係者ヘリで下山の記事が

でていました。

本日豊志さんと電話で話しました。声は張っていました。

?

ブログに詳しく情報が出ていますが、全員下山し、現在は市内の避難所に

スタッフ4名と寄宿生1名が残り、奥さんの実家に山村留学と3名の中学生と

不登校製名 寄宿生の助成1名がいるとのことです。

?

残っている寄宿生2名は今後も栗原市内に残り実家には

戻らないとのことです。山村留学中学生と不登校生も。

?

最新ブログに書かれていますが、自然学校の存続を考える必要が

あるようです。

 ブログ > http://blog.canpan.info/master_kkns/1

?

今後のJONとしては、今までの災害と違い、今回は地域としての

支援が必要な状況ではなく、会員が直接、甚大な被害をこうむっているので

会員への支援という体制をとりたいと運営委員会で検討しています。

?

結論が出次第、支援金用の専門口座を開設して皆さんのご協力を

お願いしたいと考えております。

よろしくお願いします。

              JON事務局長 三好 利和

投稿者 nishimura : 10:12

2008年06月16日

くりこま高原自然学校被災情報?

にしむらです。 引き続き続報が入っていますので転送します。 また佐々木豊志さん自身のブログがこちらにあります。 http://blog.canpan.info/master_kkns/


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皆様

 広瀬 敏通 :発


岩手・宮城内陸地震という官製名称が与えられた今回の震災ですが、

被災の中心部が徐々に明らかになり、まさに耕英地区が震災中心部

となってきたようです。

多くの行方不明者を出している駒の湯や佐々木さんの

くりこま高原自然学校が位置する山間部です。

美しい湿原やブナ林と温泉がつづく、火山性の風光明媚なこの地が

それゆえにこそ、脆い地質を露呈する形で大きな災害を引き起こしました。


陸の孤島となった耕英地区には今日まで30数名の残留者がいましたが、

今日の夕刻、さきほどですが震度6規模の余震の惧れから、

市の強い要請で、ほぼ全員がヘリコプターで下山し、

いま、栗原市の避難所に集まっています。

山上の耕英地区に残っているのは家畜や畑の世話をするために

数名程度の住民が残った模様です。


佐々木さんの奥さんの実家がこの市内にあるので、

そこで今、スタッフ全員の緊急ミーティングを行っているところです。

今後の復興に向けた青写真はまだ描けていません。

自然学校では犬は人間とともにヘリで降りましたが、

まだ鶏などの家畜の世話があり、同様のほかの住民とともに

2〜3日置きに当面、ヘリで耕英地区に通うことになるそうです。


まだ事態は流動的で、佐々木さんご自身も明日どうなるのかが

つかめない状況です。

壊れた施設、活動休止せざるを得ない自然学校、残されたスタッフたち、

膨大な復興作業。私たちの支援はますます必要となっています。


市内に下りたことで、佐々木さんの携帯とPCは使える状況になりますが、

この日報メールは当分続けることで佐々木さんと話し合っています。

したがって、くりこま高原自然学校の状況報告はこの日報で

ご覧ください。

投稿者 nishimura : 21:20

西村より「くりこま高原自然学校」について

▼カラーズにしむらです。

▼中国四川に引き続いて、こんどは宮城・岩手での地震が起こりました。震源近くの栗駒

山耕英地区には、私の長年の「自然学校」の仲間、佐々木豊志さんが経営する「くりこま

高原自然学校」があり、大きな被害をうけました。各地での仕事やプロジェクトをご一緒

したり、また私の研究論文にも自然学校の実践が「持続可能な地域づくり」と「青少年の

自立支援」につながる事例として紹介させていただいています。(「同志社政策科学研

究」9巻2号)

「くりこま高原自然学校」

http://kurikomans.com/

「NPO法人くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所」

http://kurikoma.org/

▼佐々木さんが昨年4月に京都に来られたときには大学院生と一緒に懇談の機会をもち、

また美山で藤原誉さんが経営する自然学校「田歌舎」へのエクスカーションを行って、西

村研究室にも来ていただきました。実は来月7月に、西村M1ゼミのゲストスピーカーに

来ていただくことも決めていたのでした。

▼今回死傷者が出て大きな被害のあった「駒の湯温泉」は自然学校からほど近く、クルマ

で5分ほどのところで、以前にくりこまにお邪魔したときには佐々木さんのご案内で一緒

に入湯しに行きました。木の香りのあふれる、こじんまりとした静かで美しい温泉宿でし

た。くりこま高原自然学校とは地域の「結い」の精神で助け合う関係でした。(そのこと

も論文に書いています。)亡くなられた方々のご冥福をお祈りしております。(亡くなら

れた駒の湯温泉経営者家族の菅原さん、観光コンサルタントの麦屋さんや、鉄道博物館の

岸さんは直接は存じ上げませんが、それぞれ「知人の知人」の関係になり、他人事とは思

えません。)

▼さて「くりこま高原自然学校」では、滞在型の自然学校事業「耕英寮」を行っていて、

地元の学校への山村留学、不登校の子どもの受け入れ、ひきこもりの青年達の受け入れ事

業「若者自立塾」、などスタッフとあわせ16名が共同生活をしていました。幸い人的被

害はなかったのですが、建物や浄化槽など施設に被害が出ていて、また電気も止まり、道

路も寸断していることから、佐々木さんはじめスタッフ4名を残してヘリコプターで麓の

街まで下山した様子です。

▼なにせ自然学校ですから百戦錬磨のアウトドアズマン達で、湧き水と大量の薪があり、

当面の生活は大丈夫と思いますし、佐々木さんは阪神大震災の折には神戸にも真っ先に駆

けつけられましたので、「くりこま高原自然学校」は耕英地区の他の住民の方々への支援

や地域全体の復興の中核を担っていくことになると思います。

▼余震も続く中、子ども達の夏休みシーズンに向けて、多数の事業が予定されていますの

で、一刻もはやい復旧を祈るばかりです。日本の自然学校関係者からは見舞金支援の動き

を始めようとしていますが、口座開設に時間がかかっています。

以下、見舞金のお願いです。

読者の皆様にはとりいそぎ、私のところで預からせていただき、責任をもってくりこまの

ほうに届けたいと思います。


郵便振替番号01030-8-58530「環境共育事務所カラーズ」

通信欄に「くりこま高原自然学校支援」と明記してください。


今後、皆様には何かと協力をお願いすることになるかもしれませんが、ご理解の程、どう

ぞよろしくお願いいたします。


"Colors of Nature"メールマガジン発行人 西村仁志


「くりこま高原自然学校」支援方法

皆様

 広瀬 敏通 :発


多くの方々から、今回の震災の被災者および、

友人である佐々木豊志さんとくりこま高原自然学校を

案じる連絡が来ています。


私たちの得意な現地活動は今回の場合、

徒歩道も寸断されて不通なため、

(自衛隊員が徒歩で耕英地区まで上がってきていますが

危険な状態だと報告されています。)

現状、見送らざるを得ません。

いずれ、徒歩で入域できる時期がくるでしょう。

そのときには仲間たちみんなで壊れた施設の基礎を持ち上げましょう。


いま、できることは情報を適宜、皆さんにご報告することと、

支援カンパです。


カンパの口座は全国の便宜を考え、郵貯にしましたが、

開設まで時間がかかり、木曜日19日になりそうです。

口座名は《くりこま高原自然学校支援基金》としました。

今回の地震被災者向け全般へのカンパではありません。

今回の被災は山間部過疎に集中したため、

甚大な震災であったにもかかわらず、

被災者数も比較的少なく、被災された住民の大半が

親類縁者を頼っており、社会福祉協議会も

ボランティアセンター設立をしないことにしました。



情報取りまとめ、カンパなどに関する問い合わせは

これまでの経緯から、私、広瀬hirose@wens.gr.jp

携帯=090−8954−6639

と、ホールアース自然学校の井上akira.inoue@wens.gr.jp

0544−66−0152

が行います。

口座が開設され次第、皆さんにご連絡いたしますが、

今日からでもカンパを集められる方はぜひ始めてください。

19日以降に口座に入れていただければ結構です。


なお、現地自然学校では4名が今日から残留体制に入ります。

家畜や畑の世話など、無人には出来ない事情があるためです。

陸の孤島となっている耕英地区全体でも幾人か残るようです。

水、食料等はしばらく大丈夫のようですが、発電機の燃料など

は乏しく、先が見えません。PCも使えないので、佐々木さんは

自動車から携帯バッテリーを採り、それでブログ配信していますが、

コメントなど読めない状況です。

全国の皆さんが見守って案じておられることは佐々木さん本人もよく

承知していますが、こうした事情を察しいただき、

本人への携帯連絡は緊急連絡以外は控えていただくといいと思います。


なお、これまでJEEF、日本エコツーリズムセンター、

ESD−J関係者だけにご連絡していましたが、

CONE,JON関係者にも配信にいたします。

このほか、皆さんのご存知のMLやメルマガにも

転送してください。

みんなで支援の輪を広げていきましょう。

2008年06月15日

「くりこま高原自然学校」続報

皆様

 広瀬 敏通 :発


昨日の地震による「くりこま高原自然学校」の続報です。


災害に限りませんが、状況が明らかになるにつれて

被害の実相が拡大するのが常です。

今回も時間経過とともに被災規模が大きくなってきました。


昨日ご報告したとおり、今回の地震では中山間地の人口密度の

小さい山村エリアに被害が集中したために、一見、都市型、

集落型の被害よりは少なくすんだ感がありますが、

被災した人や施設は甚大な被害を蒙っています。


とくに私たちの友人である佐々木豊志さんと彼の主宰する

くりこま高原自然学校は、報道されている「駒の湯」から

5分の上流に位置し、完全な孤立状態のまま、

被災2日目を迎えました。


電気、水道、ガス、電話などライフラインが遮断され、

インターネットすら使えない状況の中で、唯一、携帯が

生きていることで、佐々木さんと昨日、連絡が取れました。

携帯も車の充電で使っているか細い状態です。


幸い、人的被害は無かったものの、山村留学の子どもたちを中心に

昨日中にヘリで栗原市におろして、通学できる手配をしました。

現在、スタッフ、寮生の計16名が残留しており、孤立した耕英地区

で30名あまりが疎開せずに残留しています。

明日には再び、ヘリが飛ぶために16名中12名を下山させ、

佐々木さんら4名が残る予定です。

耕英地区全体でも幾人かが孤立した

山中の地区に残る見込みだということです。


くりこま高原自然学校ではメインキャビンのログハウスの

土台が崩れて、基礎が壊れ、浄化槽など施設の多くが

破損した模様です。

ほかの施設でも壊れている報告が入っています。

とくに、メインキャビンの修復はかなりの手間が

必要となるでしょう。

片付けも手間ですが、完全に交通が遮断された耕英地区では

今後長期に亘って陸の孤島状態が続くことが確実で、

くりこま高原自然学校も長期間の活動休止となります。

東北エリアの雄としてさまざまに活躍してきた同校の

設立以来最大の危機が訪れています。


私たちは、友人であり、同志でもあるくりこま高原自然学校の

危機に対して、できる限りの支援の体制をとろうと考えています。

昨日、ご連絡した支援カンパの口座開設は出来次第、ご報告します。

カンパ以外にも支援の手段は多岐に考えられるので、今後、

皆さんに可能な範囲でご支援をお願いします。


なお、佐々木さんの携帯はか細い状態なために

とくに必要な連絡以外は遠慮されることをお勧めします。


岩手・宮城地震での「くりこま高原自然学校」

くりこま高原自然学校の被災の様子や復興支援の様子を伝える広瀬敏通さん(ホールアース自然学校代表)からのメールを転載します。今後随時最新情報を更新していきたいと思います。(西村仁志)


皆様

  広瀬 敏通 :発


10年ほど前?に震度5を経験した栗駒で

再び、それを上回る強い地震が起きました。

報じられているとおり、もっとも甚大な被害を受けた

駒の湯周辺、まさにその上に私たちの仲間である

佐々木豊志さんの「くりこま高原自然学校」があります。

彼は13年前に阪神淡路大震災勃発時に

私とともに第1陣で現場に駆けつけた経験豊富な人間です。


地震勃発以来、連絡が取れなかったのですが、ようやく

全員無事ということで本人と話すことができました。

昨日中に寄宿していた山村留学の中学生らはヘリコプターで

佐々木さんの奥さんの実家である栗原市に下ろし、

そこから学校に通う段取りがついたようです。


被災現場に残ったのは佐々木さん以下16名で、

当面、山水、畑、備蓄の食糧、発電機で賄えるようですが、

今日、歩いて登ってきた自衛隊の話では、車道以外も崩れていて

歩き道もかなり危険だということです。

そのため、16名中12名を今日中にもヘリで降ろし、

佐々木さんふくめ4名が残るよう予定です。


今回の地震では集落の集中している箇所の被害は幸い、すくなく、

農家など点在している地域での被害が大きかったために、

避難所などの体制よりも、親戚への疎開などで賄う人が多い見込み

なので、震災への救援、支援の活動も

しばらく様子を見ることになるでしょう。


くりこま高原自然学校では今夏の仕事はもちろん、

長期に亘り、仕事ができない状況に追い込まれる見通しで、

私たちも可能な限りの支援を考えていきたいと思います。

とりあえず、自然学校むけの支援カンパを始めたいと

思います。

カンパ先や最新の情報については、引き続き、ご報告します。

投稿者 nishimura : 14:14